- File Size: 21713 KB
- Print Length: 418 pages
- Page Numbers Source ISBN: 0316303593
- Publisher: Little, Brown and Company (September 19, 2017)
- Publication Date: September 19, 2017
- Language: English
- ASIN: B01N7O6HJ0
はじめに
1.ダブルデッキのフェリーはグァンタナモ湾の風上側にある海軍基地に到着し、キャンプ・ジャスティスの手前の丘で訪問者を降ろした。今も昔も、基地の南東の角近にあるキャンプ・エコーやキャンプ・デルタといったひとにぎりの拘留地が蛇腹形鉄条網が設置された金網フェンスの後ろに位置している。これらの施設は手続きをまつ少数の拘留者のために使用されているが、キャンプ・ジャスティスでは、行われることのない裁判を待つ者もいる。フェリーはフィッシャーマンズ・ポイントのがらんとした駐車場の船着き場にドッグするが、舗装されていない駐車場からその歴史を伝えることはない。1898年6月10日の朝、米西戦争で米海兵隊員が上陸し海辺の村に火を放ち、高台のスペインの要塞を昼飯前までに占領した。
水辺の白い石の石塚に埋め込まれた銅板は初期の侵略を記念している。1494年、クリストファー・コロンブスは西への二度目の航海でフィッシャーマンズ・ポイントを訪れ、キューバはスペインのものだと主張した。銅板にはコロンブスと仲間は金を探していたが「翌日までに出る可能性を見つけられなかった」と記されている。コロンブスの探検後400年以上にわたって、キューバはスペインの植民地にとどまった。しかし、1890年代にスペインは世界最初の強制収容所をこの地につくった。その決定によってコロンブスが数世紀前に立っていた土地の同じ岬に米海兵隊が上陸し、多くの犠牲者をだした結果、植民地を失うこととなった。
数年前まで、私はグァンタナモへの旅することは考えていなかった。私の関心は強制収容所の歴史を書くことに占められていた。グァンタナモでの21世紀の拘禁は気にはなったが、それを強制収容所と考えることはなかった。しかし大量逮捕と拘禁を研究すればするほど、グァンタナモが視界に忍び込んできた。
私は現場に行かずに書くことは考えられない。なので2015年に2回訪問した。最初は、この本の最終章にでてくる5人の9・11の被告の予備審問を傍聴する機会が与えられた。一緒に旅をした他のジャーナリストのように、原稿を提出する締め切りがあるわけでもなかったので、私は不在のスケッチ画家の穴を埋め、テロとの戦いの囚人のために誂えられた法廷で可能な限りを吸収することを決めた。進行中の物語は15年目に達していたので追いつきたかった。